tatsumono1601


久しぶりにギャラリー「タツモノ」にgallery #016を追加しました。

2006年暮れ、深夜の荒川にかかる鉄橋を撮影してみました。
(凍るような風でとても寒かったデス・・・)

to weblog top

photo051104c


100年前の写真は、被写体が何だろうと、数少ない貴重な記録だ。
この100年の間、地球上の写真量はカメラの普及によって爆発的に増えた。
デジタル時代になって、写真は物理的な量を持たなくなり、
さらに指数的に増えていく。
ギガピクセル、テラピクセルの時代も来るかもしれない。

100年前の写真は、銀版特有の質感や人々の表情など、
今見ると、なんともいえない独特の雰囲気を持っている。

100年後の人々は、21世紀の地球の膨大なデジタル写真をどう見るのだろう。
ノスタルジー? 歴史的遺産? それとも膨大なゴミ情報なのだろうか?

to weblog top

tatsumono0109


デジタル時代、写真の在り方は全く変わる。
そんなの当たり前!!
だけど、ちょっと考えてみて欲しい。

フィルム時代のアルバムとデジタル時代のアルバムは全く概念が違う。
人の一生で撮り得る全ての写真が1つのハードディスクに入ってしまうことが、
もう実現可能なのだ。いずれ動画も入ってしまうだろう。

人生のアーカイブ。

さらにネット上には、これらアーカイブの集合体のアーカイブが存在する。
数々の写真共有サイトしかり、YouTubeしかり。

1枚の切手大のフラッシュメモリに生涯撮りうる全ての写真が入った時に、
人はどんな写真を撮るのだろうか。

to weblog top

マンホール


写真とは撮影者の視点。
被写体に対して、それをどう見たか。どう感じたか。どう把握したか。
それを「撮影者の視点」と呼ぼう。

美しく感じたか、愉快に感じたか、不愉快に感じたか。
被写体に興味を持つことができたのか?

写真はテクニックではない。
テクニックは経験により高まっていくもの。
デジカメ時代になって、フィルム時代には考えられなかった早さで、
暗室作業も必要なく、テクニックを吸収できるようになった。

写真は被写体が発散する「オーラ」をとらえたもの。

何に「オーラ」を感じるか?
最終的には、撮影者そのもの美学、視点にたどり着く。
to weblog top